会員のカトケンです。土曜、あいにくの雨でしたが、史誠会様の依頼にて初めて1人で青山霊園巡墓会を行い、5名様の参加を得て、案内させていただきました。
巡墓人物は次のとおり。
・加納道之助(近藤勇の面通しをした御陵衛士)
・篠原泰之進(赤報隊に属しながら落命しなかった御陵衛士)
・秋月悌次郎(会津戦争降伏の使者、小泉八雲の友人)
・大鳥圭介(箱館政権陸軍奉行、駐清公使)
・外島機兵衛(会津藩士)
・小野権之丞(会津藩士、箱館病院副頭取)
・澤太郎左衛門(開陽丸艦長、幕府オランダ留学生)
5名のうち3名が顔見知りで和気あいあい、ほのぼのと巡ることができました。
途中、宮古湾海戦に参加した安藤太郎、箱館戦争参戦の小菅辰之助、近藤勇と面識のある後藤象二郎、オランダ留学生西周の墓も紹介。
今回、案内のための事前勉強で秋月悌次郎と山岡鉄舟が義従兄弟であることが分かりました。
秋月の養子胤継の実家が鉄舟の生母磯の実家だったのです。鹿島神宮の神官塚原家で、胤継こと六助の父直興の祖父が磯の父直昌でした。意外なところがつながるもので、早速拙共著『探墓巡礼』[山岡鉄舟]項目に載せた家系図に加えたいところです。
また、篠原泰之進が晩年を過ごした次男秦弥三郎・キクノの墓(=写真。平成23年頃撮影。2種イ11号3側)がどうしても見つからないことも話しました。
さらに、大鳥圭介の左前の墓碑同妻道子の裏面に大鳥による追悼文が刻まれていて、戦争ばかり行って苦労かけてしまったという大鳥の人間性が垣間見えるやうな文面に皆しばし立ち止まりました。
道々、知り合いの方から面白い行事のことを聞いたり、一緒に東軍慰霊祭を回った思い出を振り返ったりできて充実したものとなりました。
一つ残った課題はーーこれもお話しましたがーー小野権之丞父義行と林権助安倫が兄弟であると会津藩士の系図で分かったのですが、この権助と鳥羽伏見で戦死する権助安定の系譜がいまひとつ一致しなかったことです。
しかも安倫の時代では安定は栄吉といい、同じ林でも治助などの通称を持つ家。この辺りが明確になれば、同じ青山霊園の外交官林権助の墓も含めて紹介できたのにと思いました。
青山霊園から銀杏並木を通って聖徳記念絵画館へ。明治天皇の愛馬の骨が馬の形のまま展示してあるなど、絵画プラスアルファが楽しめました。
終了後打上げを行い、貴重な情報交換ができ、有意義な時を過ごせました。
お招きくださった近藤様、ご参加いただいた皆様に改めて御礼申仕上げます。
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・篠原泰之進(赤報隊に属しながら落命しなかった御陵衛士)
・秋月悌次郎(会津戦争降伏の使者、小泉八雲の友人)
・大鳥圭介(箱館政権陸軍奉行、駐清公使)
・外島機兵衛(会津藩士)
・小野権之丞(会津藩士、箱館病院副頭取)
・澤太郎左衛門(開陽丸艦長、幕府オランダ留学生)
5名のうち3名が顔見知りで和気あいあい、ほのぼのと巡ることができました。
途中、宮古湾海戦に参加した安藤太郎、箱館戦争参戦の小菅辰之助、近藤勇と面識のある後藤象二郎、オランダ留学生西周の墓も紹介。
今回、案内のための事前勉強で秋月悌次郎と山岡鉄舟が義従兄弟であることが分かりました。
秋月の養子胤継の実家が鉄舟の生母磯の実家だったのです。鹿島神宮の神官塚原家で、胤継こと六助の父直興の祖父が磯の父直昌でした。意外なところがつながるもので、早速拙共著『探墓巡礼』[山岡鉄舟]項目に載せた家系図に加えたいところです。
また、篠原泰之進が晩年を過ごした次男秦弥三郎・キクノの墓(=写真。平成23年頃撮影。2種イ11号3側)がどうしても見つからないことも話しました。
さらに、大鳥圭介の左前の墓碑同妻道子の裏面に大鳥による追悼文が刻まれていて、戦争ばかり行って苦労かけてしまったという大鳥の人間性が垣間見えるやうな文面に皆しばし立ち止まりました。
道々、知り合いの方から面白い行事のことを聞いたり、一緒に東軍慰霊祭を回った思い出を振り返ったりできて充実したものとなりました。
一つ残った課題はーーこれもお話しましたがーー小野権之丞父義行と林権助安倫が兄弟であると会津藩士の系図で分かったのですが、この権助と鳥羽伏見で戦死する権助安定の系譜がいまひとつ一致しなかったことです。
しかも安倫の時代では安定は栄吉といい、同じ林でも治助などの通称を持つ家。この辺りが明確になれば、同じ青山霊園の外交官林権助の墓も含めて紹介できたのにと思いました。
青山霊園から銀杏並木を通って聖徳記念絵画館へ。明治天皇の愛馬の骨が馬の形のまま展示してあるなど、絵画プラスアルファが楽しめました。
終了後打上げを行い、貴重な情報交換ができ、有意義な時を過ごせました。
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